チャプター 1

秋のたそがれが、マンハッタン総合病院の特別病棟の床から天井まである窓を通して、長い影を落としていた。私は息子のベッドサイドに立ち、医療モニターの一定の青い光が、熱で赤らんだ頬を静かに照らすのを見つめていた。

「ママ……?」

ビリーの声は弱く、医療機器のかすかな作動音にやっと重なるほどのささやきだった。五歳の息子は、真っ白で糊のきいたシーツにもたれ、金色の髪を熱の汗でしっとりと濡らして横たわっていた。

私は身をかがめ、額にかかった髪をひと筋、そっと払いのけた。「なあに、ビリー?」

「パパに会いたい」

その三つの言葉は、胸に刃を突き立てられたように痛かった。私は無理に笑みをつくり、声が震えないよう努めた。「パパはお仕事で忙しいの。ママがここにいるからね、いいでしょう?」

ビリーの青い目にみるみる涙がにじんだ。「やだ! パパがいい! 電話して、ママ。お願い……?」

小さな指が毛布の端をぎゅっとつかむ。その様子を見ていると、泣くまいと必死にこらえ、いつもそうであるように、聞き分けのいいお兄さんでいようとしているのがわかった。

どうして、この子の願いを拒めるだろう。たとえ、どうなるかがわかっていても。ヘンリー・ハーディングに連絡しようとするたび、いつも同じ結末になると知っていても。

「わかったわ、坊や。電話してみる」

私は携帯を取り出し、窓辺へと移動した。指先がヘンリーの個人番号の上で止まる。その番号はずっと変わっていなかったけれど、よほどの緊急事態でない限り使うなと、彼ははっきり言っていた。

三回目の呼び出し音でつながった。だが、出たのはヘンリーの声ではなかった。

「ヘンリーが今、私と一緒にいるってわからないの? こんな時間にどうして電話してくるのかしら」

イザベラ・スコットの声は相変わらず気品に満ち、作り物めいた甘さがべったりと絡みついていた。完璧に整った顔立ち、白金色の髪、流行の最先端をゆく装い――彼女は何もかもが完璧に見えた。

「ヘンリー、動かないで……」彼女の声が、ふいに戯れるように親密さを帯びる。「キスさせて?」

私は携帯を握る手に力を込め、窓の向こうの街の灯を見つめながら、なんとか平静を装った。「息子が高熱で入院しているの。父親に会いたいと言ってるわ」

「あら?」そのわざとらしい気遣いに、肌が粟立った。「でも今、私たちちょっと手が離せないの。あとでかけ直したらどう?」

私は返事もせず通話を切り、深く息を吸ってからビリーのもとへ戻った。期待に満ちたその表情が、私をほとんど打ち砕きそうになる。

「パパだった?」

「いいえ、ビリー。あの……出なかったの。でも、もう一度かけてみましょう、ね?」

ビリーはうなずいた。でも、その目に浮かぶ失望は隠しようもなかった。今度はスピーカーにして、呼び出し音が聞こえるようにする。

「何だ」

ヘンリーの冷たい声が、部屋に響いた。

「パパ、ぼくだよ!」

熱があるのも忘れたように、ビリーの顔がぱっと明るくなる。

「ぼく、病気なの。病院に来てくれる?」

しばし間があった。その沈黙は、かすかな望みを孕んでひどく重たかった。

「マンハッタン総合病院の特別病棟、千六百三十号室だよ」ビリーは急いで続けた。言葉がこぼれるようにあふれ出る。「パパに会いたい」

返事はない。

「もし忙しいなら……画面でお話しするだけでも、だめ?」

ビリーの声は、だんだん小さくなっていった。

「仕事中だ」

ヘンリーの声は平板で、取りつくしまもなかった。

私は、息子の目から光がすっと消えていくのを見た。それでもビリーは、どうにか笑顔をつくった。

「うん、わかった、パパ。じゃあ、さようなら。体に気をつけてね。お仕事、がんばりすぎないで」

通話が切れ、ビリーは顔を窓のほうへ向けた。下唇がかすかに震えているのが見えた。抱きしめてやりたかった。この痛みから守ってやりたかった。でも、今はこの子自身が気持ちを整える時間が必要だとわかっていた。まだ五歳なのに、息子はもう、涙の隠し方を覚えてしまっていた。

それから数時間後、ようやくビリーが眠りに落ちたあと、私は部屋の隅のひじ掛け椅子に座り、診療費の明細に目を通していた。考えはどこまでも沈み、ヘンリーとの結婚で、私はいったい何を得たのだろうと自問していた。

そのとき、不意に大理石の床を打つヒールの音がして、私は廊下へ顔を上げた。ガラス扉の小窓越しに見えた光景に、胸がずきりと痛んだ。

ヘンリーが廊下をこちらへ歩いてくる。チャコールグレーのスーツは完璧に仕立てられ、その圧のある存在感に、ほかの患者や職員たちが本能的に道をあけていた。両脇には二人の警護員がつき、病院の灯りの下で耳元の通信機が鈍く光っている。

けれど、私の胃をきゅっと縮ませたのは、彼の腕に寄り添う女の姿だった。イザベラ・スコット。たぶん大半の人の月給より高いだろう白い高級スーツを着て、その手を当然のようにヘンリーの腕に置いている。

二人はビリーのために来たのではない。そんなこと、あるはずもなかった。ヘンリーがここにいるのは、イザベラの健康診断に付き添うためだと、私は知っていた。なにしろ、イザベラは彼の初恋の人なのだから。

私はさらに椅子の奥へ身を沈めた。だが、その動きがヘンリーの目を引いた。ほんの一瞬、ガラス越しに視線がぶつかる。灰色の瞳は冷えきっていて、五年前からずっと私に向けてきたのと同じ、無関心で拒絶するような眼差しだった。次の瞬間、彼は何事もなかったように顔を背け、私たちの部屋の前を一瞥もくれずにイザベラを伴って通り過ぎていった。

ビリーが眠りの中で身じろぎし、小さく「パパ……」とつぶやいた。私は立ち上がってベッドサイドへ行き、毛布をやさしくかけ直す。眠っていると、その顔立ちはふっとやわらぎ、五年前のあの夜に出会った男の面影がそこに見えた。優しくて、私を笑わせてくれて、まるで私が大切な存在であるかのように見つめてくれた、あのヘンリー・ハーディングの面影が。

けれど、その人は朝にはもう消えていた。三か月後、祖父の望みをかなえるためだけに私と結婚した、冷たい他人に取って代わられていた。父が経営難のさなかにハーディング家を助けたことで、ヘンリーの祖父は私たち一家と良い関係を築こうとしたのだ。中流家庭が富豪の一族を助けるなんて、今思えば滑稽な話だ。けれど、実際にそういうことが起きた。

私はビリーの額にそっと口づけ、熱を確かめた。熱は少し下がってきたようだった。眠らない街の外では、無数の灯がきらきらとまたたいている。けれど、この千六百三十号室で、私の世界のすべては、息子の胸が規則正しく上下する、その静かな動きの中にあった。

もし知っていたなら――ヘンリー、と私は、イザベラとともに消えていった扉を見つめながら思った。あなたがずっと彼女を愛していたのだと、最初から知っていたなら、私は決してあなたと結婚なんてしなかったのに。

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